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    #024 新聞配達-高校一年

    [ひきこもり] ブログ村キーワード

    新聞配達・・・・・1997年5月・・・<高校1年> 
    高校に入学して、いつしか携帯電話を使い始めている。 

     携帯料金まで小遣いとしては渡せない。 と釘をさした結果が新聞配達
    言い換えれば、早朝のアルバイトである。 これも責任感ある仕事。

     一度配り始めると自分の都合で休めないのが新聞配達
    どこまで根性があるか見たい気もしたのである。

     「遅刻・居眠り等の悪影響がでたら、新聞配達を止める」を条件に認めた。
    もちろん、高校への届出・許可は取ろう筈も無い。

     我が家から400メートルくらいの所に、読売新聞の専売所がある。
    読売新聞・スポーツ紙・経済新聞を配るらしい。
     
     自転車の荷台にプラスチックの箱、前側には自転車用の大きめのカゴ。
    寝静まって人目に付かない時間帯での配達。

     決して格好いいとは言えない、頑丈な自転車。 ブレーキも旧式のメカのもの。
    握りのとこからワイヤーの今流のものと違う。 だから一直線のハンドル。
    これが息子の乗ってた新聞配達用の自転車だ。 これに乗り換えての配達である。

     初日は、4時過ぎに自分の自転車で出掛けて行った。
    次の日からは4時30分頃である。 時折、「起こして!」と頼まれる。
    寝るのも早いが、起きるのも早い私が、目覚まし時計である。

     4時30分を過ぎると、私のほうがイライラしてくる。
    頼まれないのに、つい起こしに行ったものである。

     雨の日は、カッパを着ているものの、ビシャ濡れになって帰ってくる。
    それから、ひとッ風呂浴びて食事まで横になっている。
    晴れた日も、シャワーだ。

     最初の頃は、ションボリ帰ってくることが時折あった。
    新聞の未配・誤配だ。 新聞屋の大将が、頭を下げての再配達。
    翌朝、お叱りを受けるものだから、元気がない。

     幸い、大きな目覚まし時計がいたものだから、配達のドタキャンはなかった。
    6月に入って間もなく平日に、新聞屋の大将が息子に渡してくれと給料袋を持参。
    オイオイ、自分で渡せよ と思いながらも預かる。
    一刻も早く、給料を渡してやりたかったとのことであった!


    <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
     季節柄、冬だと大変だろうとつくづく感じた。 
    早朝の郵便受け、新聞が入っていて当たり前。 遅いと専売所に苦情の電話。

     これを書いてる時間・・・4時30分・・・今、朝日新聞が届いた。 息子とは違う専売所からのバイク配達。
    外に出て周囲を見渡す。 田舎の民家、電気は一軒も点いてない。
    顔は分からないが配達員さん、ご苦労様。 気を付けて!
    <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<


     3ヶ月配った新聞配達を、止めると言う。 
    しんどい割に給料が安い。 数十軒で1万円余りとか。 
    時は夏休み、何かアルバイトの情報でも得たのであろうか。

     三日坊主でなかっただけ、良しとするか!
    ちなみに長男、高校2年の時(転居して来る前の話)に新聞配達をしたらしい。
    「受験に差し障る、やらないほうがいい」の担任の言葉を無視。
    強行突破。 が、ことわざ通り三日で止めたらしい。 「俺には合わない!」 と。
    昨日、妻から聞いた。 私は、初耳。次男もそれに挑戦していたのである。


     大人もそれぞれ、子供もそれぞれ。 
    多くの実践・体験は、人間を豊かにする」と思う。 見聞のそれとは、また趣が違う。
    息子たちが自分で決めたことには、出来るだけ応援してきた。


     3ヶ月でもよくやった。 新聞配達の苦労を味わった。 見る目が違ってきたと思う。
    我が息子(次男)の体験型の試練、それも脇道にそれる試練をあえて選ぶ性格。
    これからも続くであろう試練。 大いに挑戦しろ!


    高校二年生でまたもやバイクで新聞配達をするが、とんでもない事態を招くのである!


    <新聞配達に関するメモ>
     山田太郎さんの「新聞少年」という歌もあった。
     ・・・歌詞のURL・・・

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    #023 釣り道具はいつ帰る

    [ひきこもり] ブログ村キーワード

    釣り道具はいつ帰る・・・・・2009/5/10

       壊れて使えない釣り道具・・・残ったのはこれだけ!
                     <壊れて使えない釣り道具>

     5月のゴールデンウイークが目前に迫っていた。 
    1995年4月・・・<中学2年>

     自転車通学の息子が、下校して来た。
    「ただいま」と言う息子の後ろから、「こんにちは」と言う女性の声。
    クラスは違うが同級生という。 ウッ~!

     今まで次男関係で女性の訪問は、1年前の不登校・引ききこもりの時、ノート持参の町内の同級生以来。
    娘がいないので、この年代の女の子の訪問というだけで、親の方がソワソワしている。


     私自身多趣味でないが、幼少の活動範囲に貯水池が3つ・1級河川が1つ含まれる。 そう魚釣りだ。
    田舎の図面屋アナログまっさんで記した貯水池も含まれる
    種類豊富な竹薮も多く、頃合な竹の自作の釣竿だ。 エサは、小形のシマミミズである。 湿気のある小溝・腐物土壌・・いたる所にいた。 うなぎは、大形の鉄砲ミミズだ。
    釣り以外の道具として、大人が使用した道具も生家には残っている。

     投げ網(柿渋で補強)・うなぎかき・ぼんぼつ(ウナギが入ったら出れない竹で編んだ細長いカゴ)・ウザ・ヤス・カーバイトのガス燈・魚感電用の多量の電線(違法であったが)・・・(方言・ナマリが多くごめんなさい)  あるはあるは、久し振りに思い出した。 

     時間があれば、よく釣りに行った。 生家から100メートル位に1つ目の池がある。  当然この頃は、ブラックバス類の外来種はいない。 もっぱら、フナである。

     長男も釣り好きであった。 おにぎりを自分で作り、早朝より自転車でよく出かけていた。 車でも、2人でよく出かけた。  この頃はもっぱら海。 成果はなくても、充実感があった。

     小遣い・お年玉・アルバイト代・・・があると釣り道具を揃えた長男。
    釣竿ケースの中には、用途に応じた様々な竿・リール・ルアー・・・・が、出番遅しと準備OK。 このゴールデンウイークに、行くのであろうか。


     「実は、・・・・・」と切り出す次男。 要は、彼女を含め家族で、このゴールデンウイークに魚釣りに行く予定。 道具がないので貸して欲しい ということである。

     長男が使うらしい と話すと連休初めに行くのですぐ返す とのこと。
    それなら、長男も融通きかしてくれるだろうと了承。

     息子が初めて連れてきた彼女の頼みだ。 貸すと決めたら躊躇はない。
    準備万端の釣竿ケース・クーラーボックス。 後はエサの準備のみである。
    この数年前、大阪の私の叔父からプレゼントされた高価なリールも含まれていた。

     釣りに使える道具は、残らず準備した。 残るは、壊れて使えない道具ばかりだ。
    「海に気をつけて、楽しんでおいで!」と気持ちよく言ったように記憶している。 
    彼女のみならず次男まで、「ありがとうございます!」と言って、帰る彼女を送って行った。

     いきさつを了承した長男。 魚釣りには興味の無い次男。
    そう親しくもない、あまり話したことも無い違うクラスの女の子だ。
    釣り道具の自慢話をしたばかりに、他人(親・兄)の大切な道具を貸す羽目になったらしい。

     結局、ゴールデンウイークに魚釣りに行けなかった長男。
    オ~イ、※らいさん、今年もゴールデンウイークは終わったよ!

    ・・・・・以来、長男も私も魚釣りには、行ってない!・・・・・


    #022 挨拶ができない

    [ひきこもり] ブログ村キーワード

    挨拶ができない・・・・・2009/5/5
     不登校引きこもりの始まる前、中学の入学式以降の出来事である。 
    1994年4月・・・<中学1年>

     息子(次男)が小学校卒業まで、借家住まいであった。
    息子の中学入学に合わせて、隣町である当地に転入して来た。

     我が家の裏の道も一部の小学生の通学路である。
    低学年の男女が各1名、高学年の女子が1名。 決まった時間に登校して行く。

     新学期初日、我が家の入り口付近を登校して行く女の子2人に声をかける。
    「おはよう!」の言葉に、それぞれが反対側に顔を背ける。
    まるで申し合わせたかのように、首から上が反時計回りに プイッと45 °回転.。
    この仕草が、実に可愛いのである。 2人共練習してきたかのように! 
    アレッ と思っている間に通り過ぎていく。
     
     朝声をかけること3~4回(10日間位)、初日と同じく顔を背ける。
    ところが、10日目を過ぎた頃からは違ってきた。 顔を背けない。
    小さな声で「おはようございます」 と言ってるではないか! 

    挨拶をしてくる変なおじさんがいる とでも家族に話したのであろうか。

     それ以降は早い。 後で分かるが女の子たちは姉妹であった。
    こちらも、「おはよう! 気を付けて行っておいで!」 と変わる。
    小学生のフレーズも変わる 「おはようございます! 行ってきま~す!」 と。

     男の子の場合は早かった。 初日は、声をかけるとビックリした顔でこちらを見ていた。
    2日目から、しっかり挨拶をして弾で行った。 
    子どもとは言え、タイムリーに挨拶のやりとりが出来ると、朝から気持ちのいいものである。

     私がこの年代の頃は、声をかけてくれるおじさんおばさんが多くいた。
    やはり、年を重ねてきた大人たちが率先してやらねば、明るい町は出来ない


     こんな経験をしている矢先、我が息子たちに、近所の人に「朝夕の挨拶をしているか?」と尋ねた。
    長男は、「あ~!」。 次男は、「俺が言っても、誰も言ってくれないので止めた!」 と。 オイオイ!

     誰に挨拶したか? 何をしてる人に挨拶したか? 目が合ってのことか? 大きな声で言ったか?  ・・・と次々に質問してみた。

     目が合っても挨拶しない人。 畑で何か作業をしている人。 少し離れた所で下を向いて作業してる人。 ・・・様々な返答が返ってくる。

     挨拶して、笑顔で挨拶が返ってくると気持ちがいいだろう? と尋ねると2人とも「ウン」。
    この地に来て間が無いから、うちの家族を知らない人が多い。 とにかく大きな声で、挨拶しろ。

     耳の遠いお年寄りもおられる。
    目が合っての挨拶で、返答してくれない人は無視しろ、お前たちの勝だ! (勝ち負けはないだろうに!)  成長してない大人もいる。 そんな大人にはなるな!  声をかけて、そんな大人を振り向かせてやれ! 
    通りすがりの人はいざ知らず、住民らしき人には挨拶をしろ。

    ・・・・「おはようございます!」 「こんにちは!」 くらいは大きな声で言え!・・・・・・

    ・・・・「小学生に負けるな!」 裏を登校する小学生のことも話した。・・・・・・・・・

     姿を見てても、目が合っても挨拶なしの素通りは、味気無いものである。
    親に言われなくても挨拶できる子。 挨拶出来ない子には、親が助言すべきであろう。  (他人に挨拶出来ない親なら、子どもに言う資格はないが!)

     言葉にしても、文面にしても挨拶から人との出会い・関わりが始まることを!
    赤ん坊だって、誰も教えないのに「オギャー」と挨拶をして生まれてくるのである。
    ひいては「一期一会」の大切さを!

     その後、息子たちと「挨拶」のことで話す機会はなかった。
     
     それを思い出させてくれたのは、高校を卒業して親元を離れ上の学校へ行ってから。
    地元の人と子供の話題になったときである。
    「息子さんたちは、大きな声でよく挨拶をしてくれて気持ちがよかった!」 と。

     今でも、「子供さんたち正月は、お盆は、ゴールデンウイークは、帰ってくるの?」
    と話が進めば、「息子の挨拶」の話がでてくる。


     先日、近所の若い母親と話したときである。 私がT字路近くのその家の前を、車で一旦停止をして走り去った後、小学2年の娘がベソをかきながら言った。 
    私が、手を振って挨拶したのに、おじちゃんが無視して行った!」 と。

     平素は、子どもを見ると手を振って通る(エロ親父?)のであるが、それ以降せめて町内を車で通る時は、速度は落とし加減で子どもの存在に注意しての走行である。

     町内の高校生・その母親くらいまでなら苗字でなく、下の名前で呼ぶのが功を奏しているのか否か!(町内で高校生までの全ての名を言える大人は、他にはいなかったが・・)

    核家族云々とも言われるが、未来を背負うチビッコ達、未だ々捨てたもんじゃない!



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