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    #021 老人への親切

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    老人への親切・・・・・2009/4/16

     1997年9月・・・・・・・・・<高校1年> 

     いつも不良な出来事ばかり記しているので、今日は名誉回復話をします。
    夏休みも終わり、二学期も始まっている。 我が家にも平穏な日々が戻っている。

      二学期が始まって一週間くらい経った頃だろうか。
    「つかぬ事をお尋ねしますが、※※※高校へ行かれている息子さんはおられますでしょうか?」と、
    女性からの電話が入る。 言われる子供の特徴は、かなり似ている。
     我が息子に似ているが用件は何かと尋ねると、「父親の件で」と話が始まった。

     8月の終わり頃、その女性の70歳代の父親が※※郵便局に用事で出かけた。
    用事を済ませ、建物から出て数歩のところで転んだ。 ついてた杖も遠方へ飛んだ。
    痛みもあり途方にくれているところへ、自転車を止めた息子が手を差し伸べたと言われる。
    「大丈夫ですか?」と、杖を拾い立ち上がらせてくれた。 「痛いところはないか?」とも。

     若い子に親切にされた嬉しさから、痛みも和らいだ。 自転車に張ってある高校名が入ったステッカー(高校の自転車整理番号のことらしい)から、探し当てたと言われる。 
    確かに、自転車後方より、ハッキリ認識出来る。 そこまで言われると、こちらもその気になる。
    困っている人には、躊躇なく声をかける性格があるので、益々その気になる。

     高校に電話したら、数人該当者がいるということで、教えてもらった電話番号へ電話している と。
    (今は、個人情報保護法で教えてもらえないと思うが、当時は教えてくれたのであろう)
    家から通う県外の高校であるから、この地区からの生徒は少ない。

     子供の特徴は似ているし、行動パターンも納得できるし、おそらく我が子でしょうということになった。
    残る電話番号もひとつだからと。

     ついては、父が是非お礼がしたいというので、子供さんの名前と、住所を教えてくれと言われる。
    お気持ちだけで充分ですと言ったのであるが、是非にということでそれを告げる。
    老人への親切か!

     下校してきた息子に、郵便局と転んだ老人の話をすると、「痛そうだったので、自宅まで連れていってあげようと思ったが、歩いて帰れると言われたから」と。
    ヤッパリ、お前だったか! 電話の内容を伝えると 「フ~ン!」 と一言。


     その場に居合わせたら、我が子で無くても、誰だってそれくらいの事はする。
    親ばかが先回りすると、周りが見えにくくなる。  その証しに、

    住所・名前は伝え、あれから12年経つが、未だ何も届いてない!




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    #020 教師との殴り合い-つぶれた片目-(2/2)

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    教師との殴り合い-つぶれた片目-(2/2)・・・・・2009/4/7
     1999年9月16日(木)・・・   <高校3年> 

     廊下から数人の生徒が見ていたらしい。(後の息子の弁)
    誰も職員室に知らせに行かなかったのか? それとも短時間の殴り合いだったのか?
    殴り合いを耳にした別のクラスの生徒の母親が、意を強くしての我が家への電話だったのだろう!

    我が家に居る時は、私が息子に対処致しますが、学校に居る時は担任の先生にお願い致しておりますので、私が手を出したのと同じことなので校長に言うなどもっての外、悪しからずご了承下さい」と電話の向こうの母親にまくし立てた。  とんでもない親だとか・・・言葉を残して電話は切れた。

     これには理由がある。
    家から自転車で通える範囲の私立高校(今、マラソン駅伝では全国的に有名な高校になっている)。 家庭訪問をする高校なのである。 この担任2年続けて我が子を受け持つ。 調査票には、自宅の周辺の詳細な地図を要求される。 以前にも記したが、小学校時代から家庭訪問には父親の私も全て同席してきた。 この担任ともつい話がはずんだものである。 
     鹿児島沖の徳之島出身(?)とか言われていた。 好みは焼酎の二階堂である。 大学卒業後教師といった順風満帆な流れではない。 民間のサラリーマン生活の後、一念発起の苦労の末今の教師の地位にある。 私より若いが、最初から馬が合った。 先ほどの母親に話した内容、遠慮なくやって下さいと話しておいた事柄である。

     翌朝、子供の顔は昨日よりも大きい。 昨日より目の腫れが大きくなっている。 完全に黒目は見えない。 
    これでは、学校には行けまい。 息子もお休みモードである。
    ブツブツ言ってる妻は、私に学校へ電話しろと言う。
     状況を話すと、手加減はしたのだが・・・・、詫びる担任に腫れが引くまで数日休ませるからと伝えた。

     「教師をクビを覚悟で、お前を叱ってくれる人は、これから先長い人生で、二度と出会うことはあるまい。 いい人に、いい先生に出会った、お前の宝物になったな!」と云うや否や、 「ウン!」 と素直にうなずく。
     こうなった経緯(いきさつ)は、担任の注意に腹を立てイキマいた自分の落ち度。 同調しないばかりか担任を褒める親の態度から、察するには時間はかからぬほど多くの経験を積んできた息子である。
     
     友達とは携帯電話で話をしている様である。 携帯料金支払いの為始めた深夜のバイト(年齢ごまかして働いていたのは後で気づく)も、休みである。

     4~5日休んだ間に、 担任から2度ほど電話があった。 それ以外は静かなものである。
    廊下で見てた生徒もいた。 担任に何か変わった事でも起きてはいないか。 一抹の不安がよぎる。
    仮にクビにでもなっていたなら、この件を引き起こした息子の責任として・・・・・・親として模索はしていた。

     当事者が、何もしない静かなものだから、波風も立たないであろう。 治療費も保険証が使えたから安くあがっているし(同級生の母親達を知ってる妻が騒がないでいてくれたことも功を奏したと思う)。 当時とはいえ、教頭、校長にねじ込んでいたら、即、クビであったであろう。 増してPTAまで、巻き込んでいたなら!

     5~6日目の朝。 少し腫れは残っているものの、今から学校へ行くという。
    「他の先生が、その顔はどうしたと尋ねられたら、親父を怒らせ殴り合いとなった、と言え!」
    聞かれたときの返答に躊躇してたらしく、答えを持って元気に出て行った。

    ・・・・登校後、職員室にいた担任に「すみませんでした!」と謝った、と帰宅後の息子。
    その日以後も、腫れの引いた顔で元気に学校に行ってくれました。


     私と歳の同じいとこが市内の公立高校で教師をやっている。
    後日、この話をした。 手を出したいときもあるよ、が俺には出来ない。 絶対出来ない。 まね出来ない。  一発でクビだ! ・・・・・・!

     結果的(表面的)に、今流に言えば教師の暴力を許した形となる。 辞表を準備しての教壇の日々(後日のブログに掲載予定)を思うと、一番の被害者は息子の担任教師であったと思う。
     卒業式後の、生徒・保護者の集まった教室で、このクラスで遠慮なく手が出せた生徒が3人いた。 痛みは、覚えていて欲しい! 親に感謝している、と生徒の名前まで出して、人生(卒業)の花むけとしたという。
     卒業後もその担任教師に、はがき・電話は時折していたと息子の弁。

    ・・・・・こんな事件が、一切表面化しなかったこと自体、今でも不思議でならない・・・・・・

     和製英語で「モンスターペアレント」という言葉が流れた。 ドラマにもなった。 取りも直さず、子供を無視した、親の権力の誇張・欲望・見栄そのものである。 教育現場に親が土足で踏み込んではならない。  よい教師となってもらう為にも、みんなが温かい目で育てていく必要がある。


     担任も、親も我が息子の為に取った態度。 終始一貫した親の態度、考え方も必要と考えます。 がそれがベストだったかどうかは別問題としても!

     これを読んで下さった皆さんにも、十人十色のご意見があると思います。 皆さんならどのように対応されますか? お聞かせ下さい!


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